玉依姫は、ほっとして微笑んだ。クウソは始め、恐ろしいカミのように思われたが、実はその本性はまったく違っていた。会うのを重ね近しくなるほど、本当は、彼がきかん気で生意気な少年なのだということがわかってくる。最初の厳しい態度は、余所者に対する彼の虚勢だったのだ。クウソは柄も小さいので、姫には、ともすれば彼が弟のようにも感じられた。これまで、こんなにも親しく思った相手はいない。玉依姫にとってクウソは――はじめてできた、大切な仲間のような存在だった。「――そういやお前、この間、行き倒れのキツネを拾ったんだってなあ」「……どうして知ってるの?」「俺はここにいるが、烏どもがなんでも教えてくれる。知らぬことはない」「……ただのキツネじゃないわ。妖狐よ。人に追われて行き場をなくし、結界を超えて里にたどりついたの。ずいぶんと傷ついていたわ……」言いながら玉依姫は、悲しそうに顔を歪めた。「へえ。……にしても、あっちもこっちも、結界の効力が弱くなってるな」「そういえば、そうね……」クウソに言われて、玉依姫は考えこんだ。あの妖狐は力のあるカミだったが、それでも本来、空白地帯の結界をたやすく超えられるものではない。思えば、自分がこの森に迷い込んでしまったのだって、本来あるべきことではなかった。どうもあちこちで、領界を隔てる結界がおかしくなっているようだ。「何か原因があるのかしら――」「……さあな。……それよりお前、これからもこうして毎日ここに来るつもりか?」クウソは身を起こすと、胡坐を組んで玉依姫を見下ろした。「……ええ……来たい、けど……」「――俺に、会いに?」「そう……よ?」「――だったら、俺の汝妹にならないか?」クウソは、なんでもない調子で、突然言った。「――えっ?」玉依姫は思わず眼を丸くし、まじまじと彼の顔を見つめる。汝妹(なにも)とは、カミたちの言葉で愛しいもの、ということで――汝妹にならないか、ということは、つまり……妻、にならないかということで――「……むむむ、無理よ! 私は管理者で、巫女だもの! 違う領域のカミの汝妹になることはできないわっ」玉依姫は真っ赤になり、慌てて首を振る。「……だろうな」ひどく焦る玉依姫の前で、クウソは意外なほどあっさりとそう答えた。「え……?」彼があまりにも当然のようにそう言うので、姫は逆に、驚いて困惑する。クウソは枝の上で膝を立て、それを片手で抱えると……どこか諦めたように、薄く笑った。「ただの戯言だ。――捨て置けよ」