博士から休みの許可をもぎ取り研究室に戻ると、先輩が尋ねてきた。
「博士のところに行って何してたの?」
その問いに、待ってましたと云わんばかりにシゲルはその顔に花をほころばせた。
「少しイッシュに行ってきます、と」
常に冷静沈着で、年の割に落ち着いているシゲルが、こんな風に笑顔を見せたことがあっただろうか。その研究室にいるシゲルの先輩たちは固まった。
「は、え、なんでイッシュ?イッシュってあのイッシュ地方だよね?」
「はい」
何時もの柔らかい笑みではなく、年相応の子供らしさを含んだ笑みを浮かべたシゲルに、先輩たちは眩暈をおぼえた。一体何が彼をそうさせるのか。考える時間は一瞬で、思い当たるものは直ぐに見つかった、さっき彼宛に届いた封筒だと。
「君に届いた封筒に、何かあったの?」
「“マシロ”のチケットです」
どや。その表現が一番似合う表情で、シゲルは得意げに云った。
とたん、
研究室内に響き渡る悲鳴、絶叫。シゲルはその騒がしさに耳を塞いだ。
「先輩たち、うるさいです」
「関係あるかあ!!!!」
「今お前、マシロっつったよな!?マシロって!」
「私たちを差し置いて…ずるいずるいずるい――!!」
まあ、当然の反応だろう。カントー地方が誇る大スターマシロを嫌いな人なんて、カントーには誰一人いない。
「落ち着いてください。何時もと同じように、テレビで中継されるでしょう?」
マシロのコンサートは人気がありすぎるので、視聴率もとれるし、その日は地方民たち全員がお祭りモードだ。八百屋や薬屋に行くと、その日だけ格安になっている、なんてことも珍しくないことだ。
「それとこれとは話が別なのよ!」
「生でマシロを見れるなんて…っ」
「俺なんて一度もチケットあたったことがないんだぞ!?」
「それは、まあ…ご愁傷様です?」
「くっそおおおおおおおお!!」
「うわあああああああああああああ」
混沌、此処にあり。大の大人が頭を抱えて奇声を発しているのは何とも云い難い図である。しかし、どんなにねだられてもどんなに金を積まれても珍しい物をあげるといわれても、これだけは譲れない。
「と、云うわけで!僕は1週間ほど此処を開けますので!先輩方、頑張ってください!」
シゲルは緩む頬を抑えきれず、とびきりの笑顔で、先輩たちにとって残酷な言葉を投げかけた。