ユリアーナの件に関してアイザックは何も知らないが、推測は出来る。それでヴァンダルーが、そしてヴィダの御使いを降臨させられる彼の母親ダルシアがアルクレム公爵に対する心証が悪くなるのではないかと言う事も、想像に難くない。 伯爵はアルクレム公爵を糾弾するつもりはない。だが、同時に弁護するつもりはない。ただ彼女達が本格的に反感を抱く前に、地元の領主は話が通じると認識してもらう事は重要だと考えているだけだ。 もしアルクレム公爵領内の貴族全員に対してヴァンダルーやダルシアが反感を持ったら、彼らに理解を示す貴族がいる他の公爵領と関係を結ぶ可能性が高い。(母親もそうだが……息子の方も規格外だ。領主様の胸の内は、あの母子と一蓮托生になるほどの覚悟はまだ決めていないようだが、他の公爵領に流れるのを黙って眺めるには惜しい、と言う状態か) そう伯爵の心情を推し量っている密偵達の隊長は、アッガー達が裏口の扉を開けて中に入ったら、塀を一気に飛び越えて彼らを包囲し、拘束しようと身構えていた。 それに気がつかず、アッガーはにやけた顔つきのまま裏口の鍵を開け、扉を少し開いた。隙間から、こちらに背を向けてしゃがみこんでいる十歳程の少年と、それより少し年上の銀髪の少女の横顔が見えた。雪が積もった地面に何かを描いて遊んでいるのか。「ん? この孤児院にエルフのガキなんていたか?」 少年の方は兎も角、まるで精緻な芸術品のように整った容姿をしたエルフの美少女に男の一人が戸惑って動きを止める。「そんなことはどうでもいいだろ、丁度近くにガキがいるんだ、さっさと攫うぞ!」「アッガーの言う通りだ、俺は男の方、お前は女のガキを」「任せろっ」 だが結局アッガーとその仲間達、合計四人はそう囁き合うと扉から孤児院の中に次々に入っていった。「かかれっ」 その後を追って、密偵達が優れた脚力を発揮して孤児院の壁を飛び越えた。次の瞬間には、自分達がアッガー達を捕えている事を疑わずに。