ふと意識が浮上するのを感じる。 体がとても怠くて、心が辛くて…瞼を持ち上げることすら出来ずに、じっとしていた。 ツアーの準備で忙しいというのは本当なのだろう、天は慌ただしく準備をして、それでも横たわる陸をしっかりと抱きしめて、優しく囁いた。 「陸は、何も心配しなくていいから。僕のことだけ見てて。これからも幸せに暮らそうね…」 陸のこめかみにちゅっちゅとキスをして、天は部屋を出ていった。陸は最後まで目を開けることすらしなかった。この気持ちをどうすればいいのか、陸にはまったく分からなかった。 ズタズタの心を抱くように自分の体をきつく抱き締めて、静かに涙を流していた。こんなにごみみたいなぼろぼろな気分なのに、10年もアイドルをしていると、人前ではにこやかに振る舞えるようになるのだなぁと、陸は他人事のように微笑んでいた。陸の違和感に当然メンバーは気づいていたようだが、兄の結婚でショックを受けつつも気丈に振る舞っていると解釈してくれたのか、陸のことには触れないでいてくれた。それでもやはり陸のことに気づくのは、いつも一織だった。「なにか、ありましたよね?」 一織と二人の時に、そう静かに問いかけられる。陸は微笑んだ。 「…そのよそいきの顔、もう仕舞っていいですよ。わかってますから」 呆れたような、でも確かにいたわりを込めた一織の視線があまりにも優しくて…陸は自然と、涙が溢れた。 誰にも頼りたくなった。こんな惨めな姿を、誰にも、見せたくなかった……一織は何も言わずに、そっと陸の背に手を寄せる。この10年で、一織は陸よりも大きくなった。逞しい腕で、陸のぐらつく心と体を支えてくれていた。 しばらく好きなように泣かせてくれて、少し落ち着いた頃に、一織は陸の頬を優しく包んだ。 「…送っていきます」一織の車で、陸のマンションまで送ってもらう。天との思い出が詰め込まれた部屋だ。実は一織がこの部屋に上がるのは、今日がはじめてだった。 何度も天と愛し合ったソファに座る気になれず、キッチンカウンターに寄りかかる陸へ、一織は優しく声をかける。 「……九条さんと、別れたんですか?」 陸は固まった。秘密にしていたはずなのに… 「皆、気づいてないでしょう…なんとなく、私はわかってしまいましたけど……」 「そっ…か、気持ち悪いだろ?ごめんな…」 陸が固い声を出すと、一織は呆れたような笑顔を向けた。 「そんな風に思ってたら、ここまで来てないでしょう?」 その優しい声色に、ようやく陸は一織の方を向くことができた。一織の瞳は、どこまでも陸をいたわって、まるで慈しんでいるような視線だった。 「力になります、あなたの。力になりたいんです」 優しくて、心地のいい声だった。 「七瀬さん……どう、したいですか?」頼っても、いいのだろうか。 とっくに、自分だけでは対処することが出来ないでいたのだ。 あんなに泣いたのに、いくらでも涙が溢れる。 ここには、居れない。 …この、愛しい記憶と快楽と絶望がつまった、この、部屋には……「おねがいが、ある……」 「いいですよ。なんでも」 一織は、陸が口を開く前に、力強く頷いてくれていた。