「はい、こちらは高山の携帯電話です。」と言って理恵が電話に出た。そして香織や芽衣と同じように亜希が見習いに降格した事を伝えて、先方の要件を訊いて受け応えした。理恵も何も問題なく電話を処理している。 もうこれから亜希は部長として仕事をしていた相手と会話する事はなくなる。そして自分の事は誰も必要とせずに、仕事を進めて行ってしまうのだ。亜希は部長としての自分がどれほどのものだったのかと疑問に思わざるを得なかった。デスクの和江が理恵から何か指示を受けながら亜希の携帯を受け取った。和江が優美に声を掛けた。「安川さ~ん。この携帯あなたのと同じ機種よね。お手数だけどこの携帯の登録データ、全消去して頂戴!」「!!!!」 亜希は鉄杭で心臓を打ち抜かれるほど動転した。 優美が「は~い!」と返事をして和江の席を向かおうとすると、「ヤメテ~ッ!」と亜希は悲鳴に近い声を上げて、デスクの島を隔てて優美を追いかけようとした。自分の大切な連絡先が、そしてメールや通信データが全て消去されてしまう。私の一番大切な仕事そして友人、親族との通信手段が破壊されてしまう。とにかくやめさせなければ・・・。亜希は焦った。 しかし芽衣はすぐに機敏に対応して、立ち上がって走り出そうとした亜希の右手首を強く掴んで制止した。それでも芽衣の静止を振り切って、デスクの切れ間の通路を抜けて和江の側のデスク沿いに優美に迫ったが一瞬遅かった。和江から亜希の携帯を受け取った優美は、手際よくデータ初期化の機能を呼び出し、実行のスイッチを押してしまっていた。亜希が優美から取り上げた携帯は「初期化実行中」というを表示だけを点滅させたまま処理を続けている。電源を切ろうとしても何をしても処理は止まってくれない。