アルバフィカを押し倒そうとしたベッドの上に、小さな客人の姿があることを思い出したのだ。 時を同じくして、今の今まですやすやと穏やかな寝息を立てて眠っていたペフコが、 「う───ん」 見計らったかのようなタイミングで呻き声を上げ、ゴロリと寝返りを打った。 「「!!」」 示し合わせたようにシオンとアルバフィカは大きく肩を震わせ、固まる。先程まで甘い熱でもって高鳴っていた胸が、別の理由でバクバクと鼓動を刻むのを感じながら二人身体を寄せ合ったまま、そっとベッドの上を窺えば、 「むにゃむにゃむにゃ」 何やら口をモゴモゴと動かしながら未だ夢の中にいる少年の寝顔がそこにはあった。起きて見ていたのではないかと思えるような絶妙すぎるタイミングだったが、どうやらたまたまだったらしい。 先程と言い今と言い、お約束を違えないタイミングで邪魔をしてくれた少年に、シオンが苦笑を洩らし、アルバフィカもまた小さく笑いを洩らした。 くすくすと笑いを洩らすアルバフィカの頬は未だ仄かに赤く染まっている。密着した身体からふわりと漂う甘い香りも濃厚なまま。 それでもこのままこの場所でその甘さを味わうことが躊躇われ、シオンは渋々抱き寄せていたアルバフィカの腰から手を離した。 「すまない。アルバフィカ」 名残惜しげに離れていく体温。 アルバフィカはペフコの寝顔からシオンへと視線を遣った。見れば、少し困ったように詫びるシオンの瞳が寂しげに見えて、アルバフィカは口を閉ざす。 触れていた腕が離れ、そこに残ったシオンの体温を愛しいと思うと同時に、寂しいと感じる。 相反するその感情の理由はいったい何。 胸が、疼くように痛んで、アルバフィカは俯く。 「アルバフィカ?」 気遣うようなシオンの声に、顔を上げることが出来ない。きっと今自分は、彼と同じ瞳をしてしまっているに違いない。 彼の温もりが愛しくて恋しくて、離れてしまえば寂しくてたまらない。 ───もっともっと、触れたい。触れて欲しい。 その思いを抑えておくことが出来ない。 静まったと思っていた熱が、再び身体の内で燻り始める。この衝動を抑える術を、アルバフィカは一つしか知らない。 「シオン」 俯いたまま名を呼んで、自ら手を伸ばす。柔らかな肌の腕に触れれば、身の内の熱はたちまちその温度を跳ね上げた。 最早、燃え尽きるまで消えぬほど熱く昂ぶった熱。 意を決して、シオンを見上げる。 心配するような訝しむような黄金色の瞳を縋るように見上げて、アルバフィカは小さな声で囁くように請うた。 「───シオン。場所、変えないか?」 シオンが僅かに息を呑んだのが分かったと同時に、自分の拙い言葉の意味を、シオンが理解してくれたのだということが分かり安堵する。だが、それ以上に恥ずかしくなって、アルバフィカは再び顔を俯かせた。 シオンの見開いた瞳に、アルバフィカの空色の髪が映る。恥じらいに染まった頬がその向こうに隠れてしまってから、しばしの間呆けてしまっていたシオンはようやく我に返った。 ───驚いた。 まさか彼の方から自分を求めてくれるとは思っていなかった。いつだって彼を求めるのは自分だったのだから。 思いがけず寄越されたのは、続きがしたいのだと恥を忍んで告げられた誘いの言葉。 羞恥に絶えられなくなったアルバフィカが「やはりやめた」と言い出す前に、シオンは大きな声で頷いていた。 「! 分かった!」 あまりにも勢い込んだ返事になってしまったが、それに構っている余裕などない。 先程、取り戻したと思っていた理性は何処に行ってしまったのだろうか。それを考えている余裕もない。 あまりにも勢い込んで頷いたシオンに若干面食らっているアルバフィカの細い腕をシオンの熱い腕が掴む。一目散に寝室を飛び出したシオンは、客間に行くまでの数歩がもどかしくてリビングに置いてあったソファにアルバフィカの身体を押し倒した。 「シオン、ベッドに・・・!」 先程よりも直接的な誘いの言葉だったが、最早それに応じることは出来そうにない。 噛みつくように、赤い唇へと口付ける。 薔薇の香りが、近付く。 目眩がするほどに甘い香り。 「アルバフィカ・・!」 切なく掠れた呼び声に、アルバフィカは小さく身体を震わせた。 背を駆け上がっていったのは、快感を伴った痺れ。 もう一時とて待てぬと自分を求めてくるシオンの指に、唇に、舌に、抗う気など最早沸き上がってこようはずもない。 貪るように奪われる唇に目眩がする。それでも、忍び込んできた舌先は唇を塞ぐ強引さからは想像もつかぬ程に優しく口腔内を犯す。 それは、アルバフィカの体を傷付けぬように優しく与えられる。 毒の血が流れる身ゆえ。 口腔を掻き回す舌も、体内を溶かす指も、愛を突き立てる熱も、アルバフィカの身を傷付けぬよう、あまりにも優しくアルバフィカを責める。 いっそ、焦れったくなるほどに。 そうして身悶える度に、思うのだ。 いつかもし、あの少年が大いなる夢を遂げるその日が来たならば───。 そして、もし。 もしも、この身に流れる血の毒が癒えたなら─── 癒えたならば───・・・ 今宵も優しい熱を受けとめながら、そっとアルバフィカは微笑みを浮かべた。