「お帰りなさいませ、マスター」 クライアを背負って巣穴に戻った俺を出迎えたのはルナマリアだった。今、巣穴にいるのは俺とクライア、そしてルナマリアの三人である。 俺がここにルナマリアを連れて来たのは、ルナマリアだけが直接クライアと戦っていないからであった。ルナマリアが戦ったのはクリムトひとり。もちろん、だからといってクライアの存在に虚心ではいられないだろうが、少なくとも他の三人よりはクライアに対する恐怖心は薄いだろう。 それに、ヒュドラの毒に侵された深域や、最深部にある龍穴について、森の妖精であり賢者でもあるルナマリアの意見をききたかった、という理由もある。 そのルナマリアであるが、クライアを背負った俺の姿を見て一瞬で状況を察したらしく、困ったように小さく首を傾けた。 クライアが俺との仕合で体力気力を使い果たして倒れるのは初めてではない。その都度、俺はルナマリアに命じてクライアの着替えや汗拭きをやらせている。ルナマリアにしてみれば、いいたいことの一つ二つあるに違いない。 もっとも、ルナマリアは俺に対して不平不満を口にすることは一切ないし、仮に「もう少し彼女の体調を考慮してあげては」などといわれてもうなずくつもりはなかった。 こう見えて、俺はけっこう執念深いのだ。三人組がやったことを水に流してやるつもりは微塵もなく、ゴズとクリムトに関しては痛めつける形で報復してやった。クライアに関してそれをしなかったのは、クライアが自分から膝をついたという理由もあるが、その他にこういう形で役に立ってもらおうという心積もりがあったからである。もうしばらく、俺の稽古相手としての役割を果たしてもらわねばなるまい。 ちなみに、俺がイシュカに戻るときはルナマリアも一緒に連れて帰るので、巣穴に残るのはクライアひとりになる。当然、逃げようと思えば逃げられるわけだが、もし逃亡を試みた場合、稽古相手以外の役割が加わることになるだろう――魂の供給役、という役割が。 ぶっちゃけ、俺としても同源存在アニマを宿す人間の魂を喰ってみたいので、わざと逃亡しやすい環境に置いているという面は否定できなかった。 そんなことをあれこれ考えていると、クライアの世話を終えたルナマリアが近寄ってきて真剣な顔で口を開いた。「マスター、お話があります」「話?」 やはりクライアのことか、と思ったが、それが間違いであることは次の一言でわかった。「先日、連れて行っていただいた龍穴のことです。鬼ヶ島にあるという鬼門に関わることでもあります」「む」 ルナマリアのいうとおり、俺はすでに一度ルナマリアを龍穴に連れて行っている。 これにはクライアも同行しており、先日の言葉の意味――龍穴を指して鬼門と呼んだこと――も聞き出していた。 といっても、クライアの話はかなりあやふやなもので、はっきりいってしまえば、目を覚ましたクライアは自分の発言をよくおぼえていなかった。龍穴にたどり着いた段階でかなり意識が朦朧もうろうとしていたらしい。