突然声が聞こえてきて、天はばっと身体を起こして両手を顔から離した。目を丸くして陸の部屋の入口を見ると、そこには優しく、でも眉尻を下げて笑っている陸が立っていた。まるで幻のようだった。存在を確かめるかのように、陸、と天はほぼ声になっていない声で、もう一度陸の名前を呟く。「…いつの間に……」 「たった今だよ。音をたてないように入ったつもりだけど、天にぃ本当に気づかないからびっくりしちゃった」ふふ、と笑ってから、陸は天の元まで歩いてくる。そして、小さく瞳を揺らして自分をじっと見つめ続ける天の前にやってくると、天の視線に合わせるべくその場にしゃがみ込む。「……体調は?」 「…聞くと思った。大丈夫だよ、天にぃと会った次の日には熱も下がったし、どこも苦しくないよ」 「………そう」苦笑しながら答える陸の言葉に、天はほっと小さく息をついた。陸はそんな天の様子を見て、少しだけ顔を俯かせる。「…ごめんね、ごめんなさい、天にぃ。ラビチャ、無視しちゃって」 「陸…」 「………前も言ったけど、本当は、嬉しいんだよ。天にぃに叱られるの。だって、それだけ天にぃは、まだオレのこと心配してて、見捨ててないって証拠になるでしょ?…でも、それでもやっぱり、天にぃに認めてもらいたい気持ちもあって……天にぃに酷いこと、たくさん言っちゃった」どう考えても悪いのは自分なのに、それでも謝ってくる陸に天は胸が痛んだ。 昔から、いつだって素直に謝るのは陸だった。ボクが言いすぎた、ボクが悪かった、そんな言い方しかできない天と違って、陸はごめんなさいとちゃんと謝ってくる。陸の我儘に折れるのは天だけれど、喧嘩した時、天が少し理不尽に怒った時、素直に謝ってくるのはいつも陸だった。 天は俯いたままの陸の頰にそっと触れる。陸は顔は上げずに視線だけを恐る恐る天に向けてきた。昔から、天は陸のこの可愛い顔に弱かった。「……ボクも、ごめん。いや、ボクこそ、ごめん。陸は悪くない。だから謝らないで」 「天にぃ…」 「それに……勝手に、日記も読んだ。…ごめんね」今度は、天が俯く番だった。いつになく弱気な天に、陸はきゅっと目を細めて、天が自分の頬に充てている手をゆっくりと握り締める。天も俯いたまま、優しくそんな陸の手を握り返してきたので、陸は少し嬉しそうに笑った。「……… いいよ。三月から聞いた。ソファに置きっぱなしにしてたオレも悪いし…」 「…陸……」 「どこまで読んだ?最後まで、もう読んじゃった?」