アイラがスキルを試す前に行った理論武装。それ自体は間違っていないし、彼女に降魔している御使いも同じ事を考えていた。 だから数分と言う限られた時間の中で、説明を行っているのだ。『ヴァンダルー様が私の事を、想って!?』『ええ、思っていますよ』 そのためアイラのニュアンスが微妙に異なりそうな聞き返しも、否定しなかった。『ではちょっと身体を動かして見ましょうか。素振りでもしてみてください』『はい♪』 アイラは剣を抜いて、敵がいる事を想定して身体を動かし始める。頭の中にはお花畑が広がり、心臓が止まっているとは思えない程胸がときめいていても、その動きは鋭い。 眺めている者達の目には、アイラの動きは完成された演武のように映った。……本人にとっては、ヴァンダルーとのダンスのつもりだっただろうが。 しかし夢のような時間はすぐに終わってしまうものだ。『そろそろ時間なので、それではー』 そう言い残して御使いはアイラの中から抜け落ち、消えて行った。『そんなっ、待って! 行かないで、ヴァンダルー様!』 底上げされた能力値が元に戻る事によって覚える以上の喪失感に耐えられず、アイラが悲鳴をあげた。「はいはい、戻って来ましたよー」『あぁ、身体のある方のヴァンダルー様♪』 そこにジョブチェンジ部屋から戻ってきたヴァンダルーが戻って来たため、すぐ立ち直ったが。「えー、皆さん。彼女は正気を失っていた訳ではありません。ですから、怯えないでも大丈夫です」「そうよ、一人で会話したり、見えない敵と戦ったり、変な事を口走って突然泣き崩れたようにしか見えなかったでしょうけれど。無理だと思うけど気にしないで」そしてベルモンドとエレオノーラは、アイラの奇行を見て引いていた従属種吸血鬼達や、セリスに宥められても自分もああなるのかと怯えるベストラに事情説明を行っていた。 降魔した御使いの声は、スキルを発動した者にしか聞こえない。彼らから見ると、アイラが正体不明の黒い輝きに包まれたと思ったら、正気を失ってしまったようにしか見えなかったのだ。 ……既にヴァンダルーに導かれている従属種達の一部には、降魔の光景に感極まって涙を流し祈り始める者もいたが。 なお、ホリー院長が様子を見ている子供達は、ジョブチェンジ部屋に繋がる広間には居なかったので、幸運にもアイラの奇行を目撃する事は無かった。