なんとなく、千聖は気分が落ち着かなかった。 ちらりと覗く腕時計の針は彼女との約束の時間まで、あと十五分程度だと告げている。パタパタと元気よく尻尾を振るレオンの頭を優しく撫でて、千聖はゆっくりと深呼吸をした。 だってまさか、紗夜が自分の誘いにあっさり乗ってくるとは思わなかったから、てっきり断られるのかとばかり思っていた。もっと話してみたいなと感じたのは本当で、二人きりで会話が続くのかと不安があるのも事実だった。社交辞令で誘ったのが七割、残りの三割はちょっとした好奇心だ。「……さん、白鷺さん。お待たせしました」「さ、紗夜ちゃん。早いわね」「? それを言うなら白鷺さんもだと思うのですが、」 レオンの頭を撫でていれば、横から低く落ち着いた声が届く。髪をポニーテールに結び、白いパンツ姿の爽やかな格好はお世辞でもなんでもなく、本気でどこかのファッション雑誌に載っていそうなモデルの風貌だった。……紗夜ちゃんに隠れファンクラブがあるのは彩ちゃんから聞いていたけど、これは確かに。 そしていざ並んで歩いてみると、千聖と紗夜の身長差が割とあることに驚いてしまう。「割と、身長が大きいのね?」「そうでしょうか。確か、161cmくらいだったと思います。白鷺さんは?」「私は152cmよ。身長が小さいのは少しばかりコンプレックスね。紗夜ちゃんくらいあれば、パンツ姿も格好良く着こなせそうなんだけど」「そんなこと。白鷺さんはそのくらいで可愛らしいと思いますよ」「…………驚いたわ。紗夜ちゃんでも、誰かに向かって可愛いって褒めるのね」「白鷺さんの中で、私は一体どんな人間に映っているのか気になる発言ですね?」「ふふっ、冗談よ。ありがとう、紗夜ちゃん」 千聖が冗談だと笑えば、紗夜はふわりと穏やかに微笑んだ。ターコイズブルーの髪を楽しげに揺らしながら笑う表情は、些か心臓に悪い。よく分からない緊張に、じわりと手に汗が滲む。「行きましょうか、白鷺さん」「ええ、そうね」 学校では見たことのない彼女の一面、今日はそれがもっと見られるのだろうか。微かな期待と不安を胸に秘めながら、千聖は紗夜と歩き出した。