「センターのあの子、とても良かった。名前は確か、七瀬…陸だったかい?」 「はい……」 固い表情で答えた天は、養父の探るような眼差しにジリジリとした焦りを感じていた。 「七瀬陸……そうだ、思い出したよ」 その名前をゆっくりと繰り返し、九条は満足そうに目を細めた。 「天と陸か、いい響きだ。…双子なのに、あまり似ていなかったね」 「…そうですね、二卵性ですから」 焦燥感にざわつく胸を抑え、天は従順な態度を示した。 養父の前では九条天でしかありえない。 七瀬天だった過去は、あの子と一緒に置き去りにしてきた。……陸 胸を抉られる感覚に天は眉を顰めた。『天にぃ、行っちゃだめ……行かないで…!』 大粒の涙をあふれさせ、必死に縋りつく陸の姿が、あの日のまま焼き付いている。 5年経っても鮮明な記憶。それが蘇るたびに天の胸は搔き乱され、やり場のない感情に苛まれた。「彼の歌声、伸びやかで……とても美しかった」 魅いられたような溜息をついて、九条がゆったりと薄い微笑を上らせる。 高揚しながらも、静かに天を見据えてくる表情は底がしれない。 「もしかしたら歌唱力は天よりも上かもしれないね…彼が、あんなに素晴らしい才能を秘めていたなんて気がつかなかった」 じっとりとした視線が絡みつき、天の動揺を煽る。 「陸は...あの子の歌は表現が素直なだけです。プロフェッショナルとは言えませんよ」 陸への関心を遠ざけようと、言葉が思わず口を衝いて出る。 陸は、両親が経営する店が立ち行かなくなった理由を、九条から圧力をかけられたせいだと思っている。 もしもその九条が近づくことがあれば、陸にどんな大きなストレスがかかるかわからない。 そんな天の焦りを見透かすように九条の眸には鋭い光が滲んだ。 「確かにキミのいうとおり…彼にはもっと上質な稽古をつけるべきだろうね」 「…陸には無理です」 鼓動が波打ち、冷たい汗が背中を伝う。 声が硬張るのを自覚し、手の平に爪をぎゅっと食い込ませた。 「そんなことはない…僕なら彼に一流の環境を用意してあげられると思わないかい?」