「……陸、それ、……」 「天にぃ…」天の、陸の背後を見つめる視線で陸も気付いたのだろう。天を呼ぶ静かな呟きが聞こえた。天は陸へ駆け寄った。 近付くにつれて空気が冷たい層になっているような、嫌な感じがしてくる。天は陸の真正面に立ち、女を見つめる。「僕が長男だよ!陸じゃなくて、僕について!」女は反応を示さず、じっと陸だけを見つめている。 巳波も、おずおずと近寄ってくる。「七瀬さん…その人は…?」 「……俺の、お母さん…」 「は?」訳がわからず戸惑う天には構わず、巳波は陸へと鋭い視線を向けた。「七瀬さん、わかってるんでしょう?…最初は子供として、見られていたかもしれませんが、 ……今やその人は、あなたのことを、一人の男として、執着している…… 自分の夫として連れていこうとしているんですよ?!」天が気づいたことをわかったのか、陸の周りの気配が濃くなる。 すうっと、陸と女のまわりには今まで連れていかれたであろう七瀬家の子供たちが無数に浮かび上がった。 そして、子供たちは天を、物言わぬ暗い目でじっと見つめた。天は思わず息を小さく吸い込んだ。 一瞬で、総毛立っていた。陸は静かに微笑んだ。 この微笑みは、天には覚えがあった。子供の頃から、病気でやりたいことを諦めて、受け入れた時にみせていた、顔だった。「わかってます。もう、12年一緒にいるから」 「そんなに…」 「陸……どうして」「これでいいんだ、天にぃ。約束したから。 俺がいれば、もうさみしくないって…だから、俺でおしまいだよ」陸が天をまっすぐ見つめる。「天にぃは、安心して家族をもって。長男が産まれても、もう何の心配もないよ。俺がしっかり見守っているから、幸せになれるよ」陸は穏やかに微笑んでいた。