「つまり……今のままの方が全て順調だから、今まで通りの方が良いということか。分かった、商業ギルドの方へは儂が話を通しておこう」「感謝致します、領主様」 本当に助かるので心から感謝して頭を下げるヴァンダルー。その後頭部に、再びアイザックの声がかかった。「それで、傘下の屋台の幾つかで販売しているゴブゴブについてだが――何時、いや、何処のグールから製法を聞き出したのだ? この町の周辺の魔境に住むグールか……もしかしてハートナー公爵領や、サウロン公爵領のグール、かね?」 この質問にヴァンダルーは頭を下げたままの姿勢で数秒硬直した。その後頭部を見つめるアイザックは、胃が痛くなりそうな緊張を覚えている。 グール。それは数年前まではただの人型の魔物の一種だった。しかし近年起きている選王国内での大事件の影には、グールのある痕跡が残っている事にアイザックは気がついた。 きっかけはただの偶然だ。ベラードから、ユリアーナやミノタウロスに関する報告を受けた席で、最近グールの素材や魔石が急に取れなくなったと聞いた。 ベラードはそれを、ミノタウロスが母体にするためにグールの集落を襲ったせいだと推測していた。だがアイザックは違和感を覚え、そして思い出したのだ。 ハートナー公爵領やサウロン公爵領で不可解な事件が起きた後、グールが大規模な討伐が行われた訳でもないのに、姿を消している事を。(グールが姿を消した事には、誰も注目しておらん、ハートナー公爵の城が傾き、スキュラ自治区が謎のアンデッドの集団に占拠された大事件の影に隠れているし、どの公爵家も調査しようとはしていない。 グールの素材は他の魔物の素材で代替が可能だからな。だが……不自然に姿を消しているのは事実だ。 それにこの者が関わっているのではないか?) アイザックのその考えは、暴論未満の妄想である。思いついてからわずか数日で、詳しい調査もまだしていない。裏付けも何も無い、直感的にそう思っただけという代物だ。 だと言うのにそれをヴァンダルーに匂わせて尋ねたのは、そうしなければならないと感じたからだ。ハートナー公爵領やサウロン公爵領で起こったような大事件が、もしモークシーの街で起きたら……アルクレム公爵領全体は耐えられても、街は耐えられるか分からないのだから。なので出来るだけ友好的な空気を演出し、話の分かる領主として、彼に尋ねて引き出そうとしているのだ。「いえ、領主様がおっしゃった土地のグールから教わった知識ではありません」 そして顔を上げたヴァンダルーはアイザックに対してそう答えた。「そうか。近年、グールがいなくなった土地では大きな禍に襲われているようだが……最近、この街の周辺からもグールの姿が消えていてな。何かの前触れだろうか?」「そうでしたか。冒険者ではないので、魔物の生息数については少々疎くて……しかし、禍が起こるとも限らないのではないでしょうか」