「何で俺を養子になんて…」 「君の歌の才能を活かすためだよ」 「俺の、歌の才能…?」陸は困惑していた。 いきなり友人の父親が自分を養子に迎え入れると言ってくれば、誰だってそうなるであろう。「君の歌は素晴らしい。だが、僕の元に来ればもっとその才能を遺憾なく発揮することができる。このままでは君の才能が失われてしまう」 「でも、九条さんには天にぃや理ちゃんだって居るでしょう?なんでそれなのに養子なんて…」 「天には言っていなかったんだけどね、天も本当の僕の子供じゃないんだよ」 「え!?」 「理だってそうだ。理は半年前に養子に迎え入れた子だよ」 「……でも、俺は、俺には両親が居るから」 「君のご両親は死んでいるよ」 「…え?」その言葉を聞いて、陸は呼吸が止まるような感覚を味わった。 今、この男はなんと言った?「君のご両親は君が3歳の時に交通事故で亡くなっているよ」 「あ…え…?」 「おや?その様子だと、君はそのことを知らなかったようだね」(どういうこと?お父さんとお母さんが、死んでる…?そんなの嘘に決まって――)「残念ながらこれは真実だよ。君がすがり続けていた相手はもうこの世には居ないんだ。だから君がアイドルとして活躍し続けたところで、両親の迎えなんて来ない。一緒、ね…」 「……ッ嘘だ!そんなわけ――」 「おやおや、まだ疑うのかい?ならここに交通事故に関する警察の書類があるよ?見てみるかい?」 「ッ!はぁ…ゲホッ!!」陸の動揺は計り知れないものとなっていた。 当然体の弱い陸にそんな刺激は強すぎて、呼吸が苦しくなっていた。「ほら、これが警察の偉い人の印鑑だよ?この書類は本物さ。だから君は本当のご両親にはもう会えないんだ」 「…そん、な…」 「可哀想に。事故の影響で、君は事故に遭う前後の記憶が曖昧になってしまったんだね。君は居もしないご両親の偶像をその曖昧な記憶から作り出してしまったんだよ。本当に可哀想だ。すべてを忘れてしまえば、こんな思いはしなくてよかったのに。彼のように、ね」九条が何を言ってももう陸の耳には入ってこなかった。 それほど陸の絶望は大きかった。 小さな頃から陸は願っていた。 自分のことを捨てた両親が自分を迎えに来てくれることを。 そして自分にも幸せな家庭ができることを。でも、もうそれは叶わない。 今まで信じていたことはすべて陸の描いた絵空事でしかなかった。「……ッ……。お父さん、お母さん……ッ――!」どんどん呼吸ができなくなっていく。 その様子を見て、九条は陸に近づいた。「本当に、可哀想なピエロだ。君は自分の記憶に踊らされた哀れな存在。でもそんな君にも歌がある。まずは海外でレッスンをしながら君の病気を治そう。僕の知り合いにその手の名医が居るんだよ」陸は消え行く意識の中で九条が微笑みながら陸へ近寄ってくるのがわかった。 でも、そんなことはもうどうでも良かった。 意識とともに、陸は絶望の暗闇へと墜ちていった…。