「ちが…っ、そんなのじゃ…あの人は、そんなのじゃない」真っ赤な顔で。潤んだ瞳で。歌姫が、全然否定になってない表情で、彼女の恋心を否定する。へぇ。ふうん。歌姫の片思い相手。面白いじゃん。頭ではそう思うのに。なんだこの、ずっしり鉛でも飲み込んだみたいな、すっごく嫌な気分。気持ちがささくれだつ。歌姫のくせにいっちょまえに片思いとか。弱いくせに。そんなんだから、昨夜の現場でも危ない目にあうんだ。「ふうん、俺の知ってるやつ?」そいつ殺す。不意に胸を占めた思いに、慌てて蓋をする。何、今の。殺すって?いやいや、殺しちゃダメでしょ。歌姫が、首を横に振った。「五条は知らない…」知らない男。そりゃ、歌姫だっていい年だし。「いいじゃん、今回は無理でも、また約束すれば」嫌だ。そんな男と会わないで。…って、だから何これ、さっきから。「無理よ。今日じゃなきゃ…」何だよ、それ。都合のいい女じゃん。「……会いたいの?」否定されるとは思ってないくせに、否定してほしいと思いながら呟いた問いに。歌姫は、頷いた。消えそうな声。「……会いたい」意を決したように、歌姫が顔を上げた。「おねがい、五条」潤んだ瞳で歌姫がこちらを見る。「あんたは、わたしなんかじゃその気になれないってわかってる」自嘲するように笑うけど。そんな格好して何言ってんだ、歌姫。薄いキャミソールの下に透けたレース。まじで、勘弁して。相手に見せなきゃ意味ないだろ、なんでこんなとこで、好きでもない男の前で。自分にはなんの価値がないみたいに笑うなよ。華奢な肩から腕へのライン。肩先にかかる黒髪。胸の前で固く組み合わされた、小さな手。全部、自分みたいな男の前に差し出されていいものじゃないはずなのに。「でもこの状況じゃ、あんたしか頼れないの」ゆら、と歌姫がその姿勢を崩した。ベッドに手をついて、ゆっくりと五条の方に近付いてくる。「こんなこと……嫌よね。でも、お願い」