「…でも…でもさ…俺がそんなことしても、りっくんは喜ばないんだ。悲しませるだけで。俺、ちゃんとわかってる…。でも、じゃあ、俺のこの思いはどこに向ければいいんだよ……りっくんが何したって言うんだよ…。」俯いてそう口にする環の大きい身体が、今だけは何だか小さく見えて、ゆっくり近付くと、泣いてる子供をあやすみたいに包み込むようにして背中を優しく撫ぜる。 環は優しい。陸も、皆も、優しすぎる程に優しい。…だから、誰かが傷付くことに自分自身が深く傷付いてしまう。「…そうだね、僕も悔しいよ。理不尽に傷付けるあの人のことが許せない。」それは紛れも無く、心の内で燻っていた壮五の思いだった。「…環君…壮五君…。」側でやり取りを聞いていたであろう龍之介がそう口にした。 壮五は龍之介の方を振り返ることなく、正確には振り返ることが出来ずに、言った。「…十さん…。目を閉じて、耳を塞いで、何も聞かなかったことにしてくれませんか?…僕は、彼方を傷付けるようなことも、陸くんの優しさを台無しにするようなことも、したくありません…。」後戻りは出来ない。時を戻すことなんて決して出来ないのだから。…だからせめて、どうか何も聞かないで、そう願った。そうすれば、少なくとも優しい彼方が傷付くことは無いのだから。自身がボロボロに傷付こうとも目の前のこの人達が傷付かないよう必死に守ろうとしていた陸の優しさも台無しにしてしまうことも無いのだから。…だからどうか、何も聞かないで。「そうだね。…何も聞かなかったことにして、何も知らないでいれば、俺はきっと楽なんだろうね。……ありがとう壮五君。でも、ごめんね。それは出来ないよ。」 「十さん……。」思い返してみると何とも支離滅裂な壮五の懇願に対して、龍之介は穏やかな笑みを浮かべながら言った。そして続けて口を開く。「壮五君達がこんなに苦しんでるのに、俺1人が壮五君達の優しさに甘えて楽をするなんて、そんなの駄目だよ。俺にも一緒に背負わせて欲しいな。…それで、少しでも壮五君達の肩の荷が下りるのなら、俺を傷付けていいよ。」 「…十…さん……」 「リュウ兄貴……」