「友希那......別れませんか?」私の口から転がり出たこの言葉は、目の前の友希那の心と私自身の心を引き裂いて、ぼとりと地に落ちていった。友希那をライブハウスから駅まで送る道。今までは「友希那、愛しています」という言葉だったのが......今日は、別れを告げる言葉に変わっていた。ーーー私が友希那と付き合い始めたのは、今から一年前。私が高校二年生、友希那が高校一年生の時だ。私と同級生の白金さんと、そのお友達の宇田川さん、そして友希那と、その幼馴染みの今井さんでRoseliaという学年混合のバンドを組んだことが、私と友希那の始まりだった。「氷川先輩、新曲の事で相談が......」「どうしました?」友希那は一つ年下だというのに、圧倒的な歌唱力と、作曲の才能を持っていた。そしてなにより、友希那は才能を持ちながらも、努力を惜しまず、音楽に関しては諦めるという事を知らなかった。そんな純粋さに、私は惹かれていた。ーーー「紗夜......好きよ。その......私と、付き合ってほしいのだけど......」いつものように練習をした帰り。友希那と二人きりで、ライブハウスから駅に向かうまでの道を歩いていた時、表情を滅多に変えない友希那が、顔を真っ赤にして私に告白してくれた。この頃になると、友希那と私はなにかをする度に一緒に行動するようになっていて、私のことを『氷川先輩』から『紗夜』と呼ぶようになっていた。練習のある日は、私が友希那を学校まで迎えに行くことも、個人練習の時に、ライブハウスに行く時間を二人で合わせることも普通になっていき、その告白を断る理由がないくらい、私も友希那に惹かれていたので「私も好きですよ」私は友希那を抱き締めて、しっかりとそう答えた。今でもあの時の幸福感と、友希那の身体の温かさは鮮明に覚えている。そしてその告白から、私はもっともっと友希那を好きになっていくのだ。ーーー私と友希那のはじめてのデートは、動物園だった。その動物園は駅から近く、更にそこから歩いて十分圏内に猫カフェがある。猫が大好きな友希那と回るにはかなり好条件だったので、私はネットでその場所を見つけてからすぐに、その場所に決め、友希那に連絡をした。私はデートの前日、動物園についてこれでもかというほど予習をし、柄にもなく楽しみで冴える目を、どうにか閉じて眠りについた。そして次の日の朝、何故か待ち合わせの時間に友希那は現れなかった。実はその日、友希那は動物園への最寄り駅へ向かう電車と真逆の電車に乗ってしまっていたのだ。「迎えに行きますよ?」と前日に私が言ったのに「大丈夫よ、電車に乗るだけでしょう?」と自信満々に断ったわりには、『......全然知らない駅に行くわ』とメッセージが来たので『どの電車に乗ったのですか?』と私が確認してからやっと『紗夜、どうしよう......間違えたわ』とメッセージが返ってきて、私は不覚にも笑ってしまった。普段はあまり表情を変えず、しっかりしているように見えるが、電車のルートが少しでも複雑になると、このように簡単に迷ってしまう......そんな彼女が可愛らしくて仕方がなかった。『とりあえず、次で降りて、今から次の電車の時刻を送りますので、それに乗ってください』と伝える。『ありがとう......ねぇ紗夜』『どうしました?』『ライオンくんのエサやりショー...間に合うかしら』そのメッセージを見た私は、思わず口に手をあて、緩む頬を必死に押さえる。『ライオンくんのエサやりショー』とは、動物園のメインイベント。先ほどにも言った通り、友希那は猫が大好きだから、猫科であるライオンも、友希那の『好き』に見事おさまっているらしかった。『多分間に合うと思いますよ』私は返信しながら、止まらない友希那への愛しさを噛み締めていた。