「あまり人の話を聞くタイプに見えませんでしたし、『飢狼』のマイケルの事も知らないみたいでしたし……魔眼なら誰にも気がつかれずに済むかなと」 そうヴァンダルーが言った通り、裏路地の人々は成金が逃げ出す時に上げた悲鳴に驚いていたが、誰も彼の魔眼には気がついていなかった。 犬が死ぬほど怖かったのだろうと、無様な金持ちの醜態を嘲笑っている。「でも、もう少し加減しないとトラウマが出来ちゃうかもしれないわね」「あれでも半眼で見たのですが……難しいですね」「まあ、大丈夫よ。きっといい薬になったわ」 ダルシアが言った通り、成金にとって本当にいい薬になったようで以後彼らを歓楽街で見かける事は無かった。他には開店二日目にモークシー伯爵に仕える騎士が二人やって来て、伯爵からの手紙をヴァンダルーに渡していった。その際、希望するなら伯爵家で保護すると提案されたが丁重にお断りして帰ってもらった事があった。『監視を付けておいて、何で使者なんて出したんだろ?』「オルビア、張り込みをしている人達が伯爵の密偵とは限らないんですから」『いや、限るでしょ。生きている人間の、それなりに訓練されてそうな密偵をアタシ達に張りつかせるのは領主ぐらいだよ』「ムラカミって人達にしては早すぎるし、ヴァンダルーの力を知っているビルカインならもっと腕利きを使うだろうから、オルビアさんの言う通りだと思うわ」「そうですか……まあ、基本は放置しましょう。家の中に入られないように注意だけして」 尚、実はこの時アイザック・モークシーが家の方にも密偵を放っていたのだが……鍵が開けられなかったため退散していた。ヴァンダルーは家を、扉の鍵も含めてゴーレム化していたのである。 どんな鍵開けの達人でも、鍵が意思を持って構造を変えるため絶対に開ける事が出来ない。少なくとも、鍵や扉を壊して押し入ろうとしない限り。尤も、家の中に入ってもリタとサリアになす術も無く捕獲されるか殺されるだけなので、密偵にとっては幸運だったが。 そうした幸運とヴァンダルーが裏でも伯爵家と揉めるのを嫌がったため、伯爵家の密偵は数を減らさずに済んでいた。