聞き知った声を耳にしつつ、私は屋根際で足をとめた。少し上半身を前にやれば、地上の様子をはっきりと確認することができる。使用人宿舎の裏手、人目から逃れるようにひっそりと逢瀬をしているのは――「……そうそう、彼女といろいろ店を回ったんだ。これは手芸店で買ってきたものなんだけど……」「……リボンですか? わたしには、こんな可愛らしいものはとても――」「リボンやレースで飾るのは、最近の女性の流行りだろう? ……きみも、きっと似合うはずだよ。帽子でも、服でも、バッグでも……好きなように使ってほしい」「ですけど……これは、シルクのリボンですよね……? 私がこんな、貴族のお嬢様みたいなものを身につけるのは……」「貴族だろうと、平民だろうと、関係はないさ。ただ愛する人が綺麗で美しくいてほしい。ボクはそう思っているんだ」「…………」 俯いた彼女は、しかし頬をほのかに赤らめていた。なるほど、満更でもなさそうな態度である。 なんとなく察してはいたので、それほど驚きがあるかといえばそうでもなかった。ただ、初めの彼の印象を踏まえると、そのギャップがひどく面白く思える。「木を隠すなら、森の中――か」 二人には聞こえぬ声で、私はそんな言葉を口にする。 格式の高い貴族の家の長男が、学園のただの使用人に恋をする。もし本気で付き合っていることが知れたら、ほとんどの人間から侮蔑されることだろう。実家に伝わりでもしたら、どうなるかもわからない。 もっとも――女遊びの激しい男を演じていれば、メイドが本命などとは思いもしなかろうが。 貴族のルフ・ファージェルと、学園の使用人のアイリ。 恋する男女を、その頭上から眺めながら――「愛というのは……イイわねぇ……?」 私は口の端を吊り上げ、その日いちばんの愉快げな笑みを浮かべた。