そしてその数日後、陸はこの世を去った。 死期を悟っていたのか、丁寧に僕宛の書き置きを残して。 《俺たちの夢を叶えて。例えその先には何もなかったとしても》 陸の理論をまとめたノートに隅にかかれた短い一言。 陸がいなくなって僕に遺されたものは このメモと理論や実験データを書きなぐったノート、大量の研究資料、研究室そして陸の死体。 ここで僕が立ち止まったら2人で創り上げてきたものを無に帰すことになる。 いや、駄目だ、これは許されざること。 そもそも無許可での死者の屍者化は違法だ。 見つかれば僕は重罪人。 悩んだ。昼も夜も僕はどうするべきなのか、悩んで悩んで。死を嘆くのも忘れて僕は悩み続けた。 そしてあるとき気づいてしまった。 陸がいなくなって、陸の気配が、温もりが、記憶が、徐々に薄れて曖昧になっていく感覚に。 まだそんなに時間が経っていないというのに。 このことは形容しがたい恐怖を僕に与えた。 そして僕の中に陸が生きていたときには無かった願いが芽生えた。 声が聞きたい あの子の言葉を、あの子の声が聞きたい。 ささやかで切実な願い。 人は亡くなった相手の声から忘れていくと以前論文で読んだ。 それが本当のことであるというのを僕は身をもって今実感していた。 赦してとは言わない。 僕は2人の夢を叶えるという大義名分で自分のエゴを隠した。 でも多分君は僕を攻めないんだろうね。 その優しさが今の僕には苦しいよ、陸。 そして僕は弟の墓を暴き、その死体に屍者技術を施した。 それけら陸の魂を戻すまでの長い道のりが始まり 長く苦しい旅の果てに、漸く1つの可能性にたどり着いた。 旅の最中僕はとある手記を手に入れた。魂が宿った唯一の成功例の時に用いられたプログラムがここには記されている。 これを陸用に書き換えてインストールすれば魂は宿るかもしれないと僕にこれを託した人はいった。 陸用に書き換えるとは、つまり陸を構成していたものを文字情報にすることだった。 確かに魂は言葉にあった。 旅の道中僕は陸に起きたこと、目にすることすべてを書き記すように命じた。 大量に記された言葉達がいつか君の糧となることを願って。 いつか事実しか記されなかった記述の中に 陸の個人的な感想が書き加えられる日が来ることを信じて。 それらに加え、生前陸が書いていた日記、よく聞いていた音楽の歌詞、好きだった本。 ありとあらゆる文字情報を送り、足りない部分は僕の記憶を介して陸へと流し込む。 これからこの方法で君の魂を呼び戻す。 上手くいくかは分からないけど。 装置が静かに動き出す。 長かった、ここまで本当に。 ここに至るまでの長旅で正直僕達の夢はその影を潜めていった。 多分この方法に失敗したら僕は消える。 もし与える記憶に不具合が起きて、記憶を失くしてしまったら僕は僕じゃなくなるからね。 こんな方法にしか辿り着けなかった僕を赦して? でも僅かでも可能性があるなら、僕はやるよ。 約束したからね。。。自ら装置に身を委ね、薄れゆく意識の中、 霞む僅かな視界に陸の姿を捉え、 僕は震える手を伸ばす。 「僕は・・・ ただ君にもう一度会いたかった・・・ 聞かせてほしかった・・・ 君の言葉の続きを・・・ それ・・・・だけ・・・」 君を取り戻す、禁忌の技術 生きて、君は振り向かずに進んで 僕は夢を見て永遠に眠る。 求めたのは、21グラムの魂と君の言葉 禁忌を犯した先に手にしたものは希望か絶望か。今やこの双子の結末を知るものはいない。