「この鉄の筒に水を入れて、下で火を焚くと風呂になるんです」「是非入ってみなくては!」「ええ? あの、お風呂に入るって事は裸にならないとダメなんですが」「もちろんですわ。実際に使ってみなくては良い商品かどうか解りませんでしょ?」「良いのですか?」「はい、私は――ケンイチさんを信じてますから」 いや、信じるとかそういう問題では無いのだが……まぁ大切な取引先のお嬢さんに手を出すほど愚か者ではないと思ってくれているのだろう。 それに当人が風呂に入りたいと言うのであれば断る理由も無いしな。 そうと決まれば温度センサーを設置して火を焚く。「それは?」「お湯の温度を測る――まぁ、魔導具です。これは非売品なので悪しからず」 お湯が沸くのには1時間ぐらい掛かる。 家の方へ案内しようとすると、彼女は俺から離れて家の方へ走っていく――だが何かに驚いて飛び退いた。「きゃぁ!」 慌てて家の前へ向かうと、そこには黒い森猫が香箱座りをしていた。もう暗くなっていたので完全に保護色になっている。 いつの間にやって来ていたんだ。プリムラさんの相手をしていたので、全く気が付かなかったな。 それとも、もっと前からいたのか?「なんだお前か。身体は良くなったのか?」 彼女の黒光りする身体を撫でると頭をすり寄せてくる。そして目の前には彼女が捕らえたと思おぼしき白い動物が――。 ウサギかな? だが、ふさふさの白い毛皮をした獣の頭には角が生えている。「それは角ウサギですわ」 角が生えているからツノウサギか――解りやすい。森猫は、そのウサギを軽く咥えると俺の前に差し出してくる。「なんだ俺にくれるってのか?」 そう言って彼女の顎を撫でると喉をゴロゴロと鳴らしている――全く猫だな。 獲物に触るとまだ温かい。だが今はどうしようもないな、とりあえず後回しだ。 角ウサギをアイテムBOXへ収納すると、シャングリ・ラから猫缶を買って開けようとした。 ――すると、森猫が立ち上がり階段を上ると玄関の前に座る。「はいはい」 扉を開けると彼女がするりと家の中へ吸い込まれた。猫は流体である――なんて話があるが、本当に流れるようにするっと入るな。「あ、あの森猫は」「怪我をしたのを助けてやったんですよ。お礼を持ってきてくれたのでしょう」 彼女からすれば、どうせお前は獲物も捕れないんだろうから私が恵んでやるぜ――ぐらいの感覚かもしれないが。