外国って、こえぇ
「はぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~~~」
温かな日差しの降り注ぐ昼過ぎ。とある町の一角にある木製の玄関やテラスが可愛らしい喫茶店に、ゾンビの呻き声が響き渡った。もっとも、その冥界から響いてきたかのような呻き声に対して、ギョッとしている人は皆無だ。
テラスで可愛いケーキを食べさせ合っているカップルも、一人タブレットを弄っているビジネスマンらしき男性客も、彼にコーヒーのおかわりをついでいる美人なウエイトレスも、ちょうどテラスの前を通りかかった犬を散歩させているお爺さんも、誰一人気にした様子はない。というか、気がついている様子はない。
「ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~~~~」
再び、呻き声が響き渡った。やはり誰も気にしないが、気にされていない呻き声の主も、気にされないことに慣れているようで、人目もはばからず、遠慮なく呻いていた。
ついでに言えば、そのゾンビモドキは、喫茶店のテーブルに顔を突っ伏し、両手で頭を抱えていた。なにか、取り返しのつかない失敗をして人生そのものを嘆いているような様子だ。
一応、どこぞの研究所から逃げ出し、市井に紛れ込んだゾンビなどでないことは、彼の前に置かれた喫茶店のロゴの入りグラスに入った飲み物や、まだ手が付けられていないがきちんと注文したらしいサンドイッチにより明白だ。
と、そのとき、ゾンビモドキのテーブルに置かれていたスマートフォンが、某大作RPGにおける魔王戦のBGMを流し始めた。その着信音に、ピクリと反応したゾンビモドキは、顔を突っ伏したまま手を這わせてスマートフォンを取った。
そして、やっぱり顔を上げないまま耳元にやって通話状態にする。
「……は゛い゛」
『なんだ、その声。今にも死にそうな声だな』
「ああ、死にそうだよ。羞恥心がオーバーフローを起こして……」
『……察した。またやっちまったのか、遠藤』
「やっちまった……やっちまったよ、南雲。俺はもう、ダメかもしれない」
『遠藤……』
電話口の向こうから、通話の相手――今回の、オカルト狂信者集団ヒュドラの殲滅依頼をした南雲ハジメは、浩介の精神的ダメージを察して呆れたような、あるいは同情するような声音で名を呼んだ。
そして、
『まぁ、それはいいとして――』
「よくねぇよ! あっさり流すなよ! もっと同情してくれよ! 労ってくれよぉ! 同じ痛みを知る心の友だろう!?」
あっさりと流されて、浩介は悲しみの余りゾンビから人間への回帰に成功した。がばちょ! と突っ伏していた顔を上げると、海を越えて届けと言わんばかりに、魂の雄叫びを上げる。
『そうは言ってもな。俺の場合、ハウリアにやられている被害者って立場が強いが、お前の場合、最近は自分からだろう? 前までは、ちょっとした小競り合いくらいでは大丈夫だったろうに。それとも、今回の件、そんなに難しい案件だったか?』
「うぐぅ。痛いところをぐっさりと……。そりゃあ、別にヤバイってほどのことじゃあなかったけどさ……戦闘となると、つい……。前にゲートを開いてもらってハウリアとしばらく過ごしたせいかな。なんだか、一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど簡単に“なっちまう”ような……」
『アビスゲート卿に、か』
「その名を言うなぁ!」
ゴンッと痛そうな音を立てて、浩介が再びテーブルに突っ伏した。
――遠藤浩介
元勇者パーティーの斥候役にして、異世界トータスの歴史に刻まれた神話決戦において、神の使徒を相手に無双を誇った最強の暗殺者。……喫茶店のテーブルに突っ伏して、呻き声を上げながら羞恥心に悶えている姿からは、全く想像できないが。
そんなさりげなく最強格である彼が、こうして真昼の喫茶店でダメな人になっている理由は、言うまでもなく昨夜の一戦にある。そう、戦闘において発現してしまった、あの痛すぎる厨二な言動だ。