重いまぶたを持ち上げるための準備体操として、大きく伸びをひとつ――しようとして、気付く。
身体が重い。それどころか、ピクリとも動かない。
感覚自体はないわけではない。身体に乗った布団の重さも、衣類の感触も、間違いなく感じている。だというのに、身体はまるで他人のものであるかのように言うことを聞かない。
まぶたを開けようと試みると、視界に入ってきたのは見慣れた風景。カルデアに用意された自室の天井、昨晩も眠りに落ちる前に最後に見た光景そのものだった。
「先輩、お目覚めですか?」
視界の外から聞こえてくるその声は、このカルデアで最初に出会った少女のものだった。
聞き慣れた、聞き違えるはずのない、それでいてどこか、普段の彼女のものとは違う声色に違和感を覚える。
いつもは爽やかな彼女の声が、どこか、粘ついた――耳に残って聞こえる。
「マ、シュ……? 身体が……」
自分の状況を伝えようと口を開くと、まるで動かない身体が嘘のように流暢に言葉が出た。
「はい。意識ははっきりしているのに動かせないでしょう? 流石はマタハリさん特製のお薬ですね。御褒美のために随分張り切っていましたから。後遺症は多分
・・
ないと思います」
必死の訴えに対する回答は、あまりにも意外なものだった。
普段、睡眠時間ひとつとっても健康管理に過保護なほど厳しいマシュのものとは思えない、無感動な言葉。
目覚めたばかりの思考は、それを異様とは感じつつも、その原因に思い至れるほどには活動していなかった。その代わりとばかりに強烈な悪寒が背筋を這い上がるのがわかった。
「こっちです。首から上は動くはずですよ、先輩」
見てはいけない。
そんな、心の鳴らす警鐘を振り払って、首を動かす。マシュの言葉通り、首から上だけはいつもと変わらぬように動く。
身体をベッドに横たえながら必死に視線を向けたその先、そこには二人の姿があった。そこにいた人物のことはもちろん知っている。
「マシュ……」
一方は、カルデアの職員であり、最初に契約したサーヴァントでもあったマシュ。眼鏡に白衣という、いつもの姿だが、違和感がこびりついて離れない。
「それに、確かリハビリ中の……」
もう一方は、自分と同じマスター候補生のうちの一人。レフによるカルデアの爆破で、最初のレイシフトの前に戦線を離脱したものの、少し前に意識を取り戻した男だった。今では戦線への復帰のため、リハビリの途中のはずだ。
歳は四十よりは手前だろう。背丈こそ低いが横幅は広く、どことなくウシガエルのような印象を感じさせる。その印象を強めているのが顔中に浮かび上がるイボと出来物の数々。世辞にも格好良いとは言いがたい顔立ち。腋には汗染みを浮かび上がらせ、二メートルは離れているというのに鼻を突く体臭を漂わせている。