次の日、少し体調の回復した陸を連れて、父は逃げるように帰って、それきり二度と実家へ連絡をとろうとしなかった。事業が傾いたとしても、実家の資産をあてにすることもなかった。少しでも実家と縁をつないでしまうと、呪いが寄ってくるとでも思っているかのように、頑なだった。13才になり、陸は前ほどではないが、何度も死にかける発作を繰り返していた。その度に、母は怯えていた。陸が大発作を起こして入院している夜、母が泣いて父をなじっている場面を、天は初めて見た。「どうしてはじめから知らせてくれなかったの?!」 「…私だって信じてない…」 「でも、夢に女が出てくるのよ!おにいちゃんもらうねって、なんども出てくるの!」 泣き叫ぶ母を前に、父は青くなった。「天も…陸も失うことになってしまったら、どうしたらいいの……」母は、泣き崩れていた。 家の借金と、陸の病気と、訳のわからない古い血の呪いのせいで、母の精神は限界だった。「……なあ、あの話を受けようか」 「…九条さんの?」 「ああ、養子になれば、七瀬と縁が切れる…天を守れるかも…」 「……陸は……」 「もしかしたら、二人でいることで血が濃くなって、陸にまで影響を与えているのかもしれない…離れた方が、陸の為になるかも」 「……もし、もし本当にそうなら……」 「試してみよう」そのあとから、天の養子の話が進んでいった。 でも、僕はこの家から離れるわけにはいかない。父と二人きりで話をすることにした。「父さん…実は、全部知ってるんだ」 「なんのことだ?」「呪いのこと……でも、養子になって、陸が長男だと認識されたらどうするの!?今度は陸が標的になるかも。あのとき女の人を見たって言ってたし、だから僕は行けない。陸を守るために、行けない」「そこまでわかって……」 父の肩が震えていた。「……本当に陸を守りたいか?」問いかけられるまでもない。そんなの天にとっては、当たり前の感情だった。「陸のためならなんだってできるよ」「……じゃあ、養子になってくれ」「え?」「……養子になったからといって、体に流れる血が消える訳じゃない…先祖も試したよ、何人も家を離れた。……養子になっても、結局だめなんだ…呪いは着いてまわる…」「…………」「一緒にいると、陸にも影響があるみたいなんだ。このまま一緒では、ふたりとも死んでしまうかもしれない、だから、陸を…、陸だけでも、助けるために、……」「…ぼくが、養子に行く…」「すまない、天」父は泣いていた。覚悟はしていた。陸のためなら、死ねる。呪いで死ぬとわかっている天より、陸を選ぶのは当然だ。 天が間近で死んでしまったら、陸はショックで発作を起こしかねない。 今のうちから離れて、天が遠くで死ねばいいのだ。わかっていたはずなのに。それでも父からはっきりと、そのことを言外に示されると、天の心は激しく動揺した。父に…捨てられたのではない。僕が、捨てたのだ。陸を生かす為に、陸を助けるために、僕が 七瀬の家を、捨てたのだ………