「む。なんですか、ケチってーー!」玄関の扉の向こうからは、真弘と珠紀がぎゃいぎゃいと言い合う声が聞こえてきた。「何やってんすかね、あの二人……」「……夫婦喧嘩、だろう」呆れたように問う拓磨に、祐一はいつものように淡々と答えた。二人は荷物を抱えたまま、玄関の前で立ち尽くしている。先刻から、入ろうにも入れない状態が続いていた。今日の午後から宇賀谷家で、珠紀と守護者全員が集まって真弘の誕生日パーティを開くことになっていた。拓磨と祐一は、その準備のために少し早めに宇賀谷家を訪れた。主賓である真弘は、その後から来るはずだった。しかし……。「珠紀に用があるから、俺らより先に行くって言ってましたけど……こんな馬鹿らしいこと、してたんっすね……」「……ああ。そういえば」祐一は、何かを思い出すように口を開いた。「何日か前、真弘が俺のところへ来て、嬉しそうに言っていた。誕生日プレゼントに、珠紀がなんでも一つ願いをきいてくれることになったから、とっておきのを頼んだと。……それが、これだったのか」「……先輩。それ知ってたなら、先に言ってくださいよ」「すまない。今、思い出した」祐一は真顔のまま悠然と呟く。隣で拓磨は、仕方なさそうに頭をかいた。「……で、どうしますか、俺ら? 中の、しばらく終わりそうにないですよ」「……とりあえず、いったん家に戻ろう。俺たちがここにいても仕方ない。夫婦喧嘩は犬も食わないというからな」言うと、祐一は踵を返し、すたすたと歩き始める。「あ、待ってくださいよ、祐一先輩!」拓磨は慌てて、祐一の後を追った。「しっかし、あんな調子で大丈夫なんすかね、あの二人」「……まあ、真弘は今年も失敗すると、お前たちの後輩になってしまうが……しかし拓磨、お前も他人のことは言っていられないだろう」「あ、それ言いっこなしですよ、祐一先輩……!」蝉の鳴く中を、二人は歩いてゆく。宇賀谷家からは、それからもずっと、真弘と珠紀の賑やかな声が響いていた。【終】