五年前、陸の治療費を負担してくれるという九条鷹匡がボクたちの家を訪ねてきた。両親はショークラブを経営していたが、赤字ばかりが続くようになり生活も苦しくなっていた。このままでは陸の入院費などを支払えなくなってしまう。どうしようかと途方に暮れていたときに九条さんがボクの前に現れた。「君が七瀬天くんだね?」 「えっと...あなたは?」 「九条鷹匡だ。弟を助けたくはないかい?」ボクはその悪魔の囁きに頷いてしまった。このとき、拒否していれば...ずっと陸のそばにいてあげてたら...あんなことにはならなかったかもしれないのに──「さあ、行くよ天」 「はい、九条さん」 「ま、まって!うぅ...まってよ!天にぃ...!うっ...」ボクが七瀬の家を出る日。泣き叫ぶ陸に振り返ることはしなかった。ボクは七瀬を捨て九条天になったのだ。 本当は今すぐ駆け寄って泣かないでと抱きしめたかったが、陸を助けるためだと自分に言い聞かせてそれはしなかった。九条天になってボクは外国でアイドルになるためのレッスンを行っていた。陸は元気かなと日々考えながら厳しいレッスンに耐え続けていた。 そんな時にボクの元に一通の手紙が届いた。一体誰からだろうと見てみると七瀬という苗字が目に入った。 ボクはなんだか嫌な予感がした。急いで封を切り、中を確認する。『天…突然のお手紙ごめんなさい』その手紙に書かれている文字には見覚えがある。これは母さんの字だ。『あなたが私たちの元から去ってもう連絡してはいけないことは分かっていたのだけど、どうしても伝えておかなくちゃならないことがあるの。そのために、九条さんに今の天の住所を聞いてこうしてお手紙を書きました。天、落ち着いて読んで。 実は天が出て行ったあの後、陸が泣いたことで発作を起こしたの。すぐに病院に連れて行ったんだけど今までと症状が違って…あんなに弱った陸を見たのは初めてだったわ。でも何とか手術は終えて陸の意識の回復を待っていたんだけど…』次に書かれていたのは信じられない言葉だった。『病状が急変して…そのまま…………息を引き取ったの。ーーー』母さんの文字が理解出来なかった。陸がーーー死んだ...?何かの間違えなんじゃ... これが真実ならボクは何のために七瀬の家を出たんだ... ボクは息を殺して静かに涙を流した。