九条さん呼びが外れて、突然切羽詰まったように名を呼んできた陸が背中にしがみついてきた。 バシャ。そんな水を掛けられたような音が聞こえた。その瞬間、しがみつく陸に力が入ったのを感じて、何が起こったのかと状況を確認する為横目でチラリと背後を見る。–––––は? 背後を見やり、頭の中が真っ白になった。 陸の左肩から脇腹にかけてはびっしょり濡れていた。そして、陸の後ろには藍沢直哉が立っていて、その手に持っているのは天がプリンの湯煎の為に沸かした熱湯が入っていた鍋だった。 つまり、掛けられたのだ。熱湯を。それも、天が掛けられる筈だったものを陸が庇って代わりに被った。「……天にぃ、じゃない…九条さん、大丈夫?掛かってない…?」 火傷を負って酷い痛みの筈なのに、陸はしがみついたまま天の心配ばかりする。 何も言えないまま、ふと視線を感じて吸い寄せられるように藍沢直哉に目を向けると、天と陸を見て楽しそうに口角を上げていた。–––––違う。 まるで全て思惑通りとでも言うかのような嫌な笑みを浮かべる藍沢直哉を見て、天は悟った。 藍沢直哉にとって陸が天を庇ったのは予定外でも何でも無く、寧ろ計画通りだったのだ。藍沢直哉が狙っていたのは最初から陸だった。陸が天を庇うのをわかっていて、敢えて天を狙った。–––––ふざけるな。 気付いてしまうともう、腸が煮えくり返るような思いが湧き上がって歯を食いしばる。 昔から大事に守って来たのにどうして他人にこんな風に傷付けられねばならないのか。陸が何かしたと言うのか。 目の前の仕事に唯、真剣に取り組んでいた陸の足を引っ張り、陸の優しさを利用し傷を付け、苦しめる。そんな行為は例えどんなことがあっても絶対に許さない。「掃除機持って来ました!…って、どうしたんですかそれ…!」 「あはは…ちょっと誤って濡らしてしまって…その内乾くと思うので大丈夫です