陸が寮に住みはじめてから、トリガー全員や天が、たびたびアイロク寮へと遊びに来ていた。 しかし、陸は避けるように部屋に閉じこもってしまい、なかなか天と会えずにいた。みかねた環と一織が、事務所でデスクワークをする陸をつかまえて、声をかけた。「てんてん、りっくんに会えなくて、さみしそうにしてたぞ…」 「……うん、九条さんには、悪いと思ってるけど……」 「七瀬さん……」まるで距離をとるように苗字で呼ぶ陸が、痛々しかった。その時ふと、事務所の奥で作業していた音晴が静かな声をあげた。「……手の届く距離に、言葉の届く距離に大切な人がいるということは、とても尊くて奇跡みたいだと思わないかい?……君はそのことを、きっと誰よりも知っているだろうね」その言葉にはっとして陸が振り向くと、音晴は手元の写真を穏やかな瞳で見おろしていた。 「社長……」 若くして亡くした妻の写真を音晴がいつも大切に持っていることは、すでに陸は気づいていた。「…りっくんが何怖がってんのか、何を大事にしてんのかはりっくんだけのものだけどさ……言えるうちに言う、会えるうちに会う。それより大事なものって、なんかあんの?」環のまっすぐな言葉が、陸の胸に突き刺さった気がした。それは大事な人を亡くした者だけが本当に実感をもって思い知る、事実だった。陸が、怖がっていること…… 天に穢れた自分を知られて、軽蔑されること。 大事にしていること……天に拒絶されたくないこと…でも。 陸は、突然亡くした両親の姿を。優しく接してくれたこともある、里親の姿を思い浮かべた。幸せも何もかも、理不尽にある日すべて奪われてしまうことがあると、わかっているはずなのに……まるで陸を後押しするような優しい視線を背中に感じながら。 陸はぐちゃぐちゃな気持ちに、ようやく少しだけでも向き合おうと、決意した。