それだけ言うと、ゆっくりと扉を閉める。陸は、早足でキッチンへと向かった。先程の事を思い出して、陸は溜息を吐きたくなった。ここに来て一年。相変わらず陸の失敗は絶えない。抜けている事は自分でも自覚しているが、油断や動揺をすると直ぐに態度に出てしまう。気を付けなければと反省する。それに、もうあの人とは何の関わりも無いのだから。そう考え陸はホットミルクの準備をした。「ホットミルクをお持ち致しました」からからと台を転がしながら部屋に入ると、天はまだ机に向かっていた。書類の整理が終わらないらしい。陸は、小さなカップにミルクを注ぐと、邪魔にならないよう天の隣に置いた。「まだ、お休みになられないのですか?明日は、九条様がお越しになられるとお聞きしました。明日の準備の為にもそろそろお休みになられた方が…」陸がそう言うと天は、ペンを持つ手を止めた。そして陸の入れたカップに口を付ける。ホットミルクを口に含むと天は目を見開いた。「…これ」「…どうかいたしましたか?」「…いや、懐かしい味がすると思って」懐かしい味という言葉に陸は、反応する。気付いてくれたのだ、と嬉しくなった。「…実は、隠し味にはちみつをスプーン一杯入れてみたんです…。その方が、甘くて美味しいので」「そう」「お気に召さなかったのでしょうか?」「…美味しいよ。ありがとう」天は、小さく呟いた。再びゆっくりとホットミルクに口を付ける。その横顔が、蝋燭の火に照らされ陸は懐かしさを覚えた。あの頃に比べ大分大きくなったと思う。顎のラインから、首にかけて骨ばっていて昔のように丸み帯びていない。声も見た目もすっかり変わった。肩幅も広くなり天はすっかり陸の身長を追い越していた。この容姿なのだから、天はたくさんの女性を魅力しているんだろうなと考える。そう考え、陸の胸はすっと冷たくなった。