20××年4月16日 親愛なる日記さんへ。先週、高校に入学したよ。中学でも結局入退院を繰り返してばかりだったから、いくら病院内の教室で学んでいたとはいえ、受験勉強は周りの学校に通えていた子達に追いつくのに必死だった。それでも、国語とか社会は得意だったから、なんとか都内の高校に入れたんだ。母さんも父さんもすごく喜んでくれてて、嬉しかったな。"そこまで読んで、陸の努力、両親の喜びが伝わってきて温かい気持ちに包まれたのだが、次の文に、天は眉を下げてしまう。"オレの高校は、進学校でもなければ、名前を書けば誰でも入れる高校でもない、その中間くらいの、普通の高校。天にぃだったら、どうだったかな。進学校に進んでたかな。天にぃ何でもできたから、勉強も優秀で、きっとオレとは違う高校に行ってたんだろうな。天にぃと同じ高校が良かったってオレが我が儘言って、陸はしょうがない子だね、ってきっと天にぃは困ったように笑ってた。こんなの、全部、天にぃが家を出ていかなかったらの、たられば話だけど。天にぃ、今どこで何してるのかな。母さんの前では、まだあいつなんかって言っちゃう時もあるけど、会いたいな。会いたいよ。中学校の制服着た時みたいに、陸、高校の制服似合ってるねって言ってほしい。天にぃと違う制服でもいいから。違う学校でいいから。天にぃと同じ学校に行きたいなんて我が儘言わないから、帰ってきてよ、天にぃ。"「……見たかったな…」掠れた声で呟きながら、天は小さく笑った。「見たかったよ、ボクも、陸の高校の制服姿」もし、自分が家に残っていたら。 くるくると、嬉しそうに、中学とはまた印象の変わった新しい制服を着ながら、天にぃ、どうかな、似合ってる?、と嬉しそうに笑ったのだろう、そんな陸の姿を思い浮かべる。思い浮かべてから、天は自嘲気味に息をつく。そんなものは、実際には目にできなかった、天の仮想上の15歳の陸に過ぎなかった。この頃の自分は、海外での暮らしも慣れてきて、だからこそ置いていった家族のことを思い出してしまう機会も増えて、それが苦しくて、陸のことをひたすら考えないようにしていた。 何が、見たかった、だ。やっぱり、ボクは最低だ。 自分をそう責めながら、天は陸の天にぃ、と何度も繰り返される文字を指でなぞっていく。文字すらも、こんなにも愛しい。陸が追いかけてきて、陸に再会して。こんなふうに、喧嘩して、陸のことで頭を悩めて。15歳の自分たちからすれば、きっと今の状況は幸せなんだろう。天は小さく溜息をつきながら、そう思った。 ぱらり、と次のページを捲る。"20××年6月12日 親愛なる日記さんへ。梅雨入りして毎日雨のせいか、今日は朝から呼吸がしづらい感じはあったんだ。でも、なんとか乗り切った。家に帰って、そのことを言ったら母さんにベットの中に押し込まれちゃったけど。高校に入ってからは発作は起きても、倒れて入院、ってことはなくて、主治医の先生にも陸くんも身体が成長するにつれて大分発作が軽くなってきてるねって言ってもらえてる。今だったら、もし、天にぃがいたら、きっとどこにだって一緒に行けたのに。オレが持病が軽くなっても、健康になっても、隣には誰もいない。学校の帰りに、美味しそうなもんじゃ焼き屋さんを見つけた。もんじゃ、って食べたことなくて、昔天にぃに説明してもらったことがあるだけだ。入ってみたいなって思ったし、友達にも、入ってみようよって誘われた。でも、入れなかった。天にぃが入れば、天にぃと入れて、陸、これがもんじゃだよって言ってもらえたのかなって思ったら、入れなかった。こんなんじゃ、元気になっても意味がない。オレ、何のために病院に通って、薬もらって、治療してるんだろう。オレが元気になったら、天にぃは帰ってくる?それとも、病気の弟が死んだら、天にぃは帰ってくる?オレは、どうしたらいいのか、誰だもいいから教えてほしい。日記さんは、分かる?誰か。誰か、オレは何のために生きてるのか、教えてください。"「…馬鹿な子……」