「……どこかしら、ここは……」薄暗い森の中で立ち止まり、玉依姫は不安げに呟いた。里や、林のことならよく知っているはずだ……だが、立ち枯れた木の並ぶその景色は、玉依姫がこれまでに見た覚えのないものだった。もの思いにふけるうちに、どこかに迷い込んでしまったらしい――それだけは、わかった。だが、後ろを振り返ってみても、そこには地面に露出した大きな木の根が絡み合っているだけで、帰り道さえ見あたらない。これは、おかしい。来たはずの道が、見えなくなっているなんて、尋常なことではない――玉依姫が、そう思った時。「――カアッ!!」不意に、甲高い鳴き声と共に、何かが玉依姫に向かって飛んできた。姫は、とっさに顔を伏せる。それは姫の頬のすぐそばを掠めると、後ろの木に向かって飛んでいった。「カアッッ」背後にあった木の枝に止まると、それはひときわ大きな声で、怒ったように鳴く。玉依姫は振り返る。そこにいたのは――大きな真っ黒い、一羽の烏だった。同時に姫は、頬にぬるっとした感触を覚えた。思わずそこに手をやる……すると、指先が赤く染まった。「……っ」玉依姫は、無言で息を呑んだ。先程飛んできた烏は――故意に、姫を傷つけたのだ。「――!」玉依姫は、慌てて周囲を見回した。すると、いつからだろう――森の木々の枝には、数え切れぬほどの烏たちが止まっていた。彼らは姫を取り囲み、怒りに満ちた瞳で彼女を見下ろす。……そこからは、はっきりとした「敵意」が感じられた。(どう……しよう)玉依姫は、殺気立つ烏たちを見回しながら、掌をきつく握った。「管理者」とはいえ、生身の自分はただの娘だ。彼らと戦う力は持たない。これだけの烏に襲われれば、命が危ない、でも――!「ガアァッ」先程の大烏が、再び低い声で鳴いた。それを合図にしたかのように、烏たちは一斉に羽を広げる。彼らは、こちらへ向かって襲いかかる気だ。逃げなければ――でも、いったい、どこへ!周りは全て囲まれている。逃げ場などない!(助けて――!!)「……そのくらいにしておいてやれ、カラスども」思わずかたく目を閉じた玉依姫の耳に、突如、聞いたことのない声が響いた。姫は、身を強張らせたまま、そっと瞳を開く。眼前の木の上に、何か大きな影があった。声は、その影から落ちてきたようだ。姫は顔を上げ、そこにあるものを見つめた。枝の上に、悠然と座り、こちらを見下ろす誰かがいる。それは――。異形の者、だった。