あの日から三日ほど経ったが、未だに彩はあの感触を覚えている。 自分の唇に触れる度に、紗夜の悪戯な笑みが目の裏に浮かび、投げかけられた言葉が頭の中でこだまする。「では、ここを丸山さん。丸山さん?」「ひゃい!?」「授業中にぼうっとしているとは何事ですか。授業に集中してください」「す、すみません」「放課後、化学準備室に来てください」 そこで授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、挨拶をして紗夜は教室をあとにした。結局そのあとの授業も全部集中できず、そのまま放課後を迎えた。 化学準備室の前に来た彩は静かにドアをノックする。 どうぞ、という紗夜の声を聴いてから部屋に入った。「あら、今日は大人しいのね」 入っていきなり視線はずっと手元の書類に落としたままの紗夜に茶化される。 そのまま彩が押し黙っていると、紗夜が再び口を開いた。「ここ数日様子がおかしいようだけど何かありましたか」 紗夜の様子は、特に今までと変わりなく、生徒を心配する教師のそれだ。「い、いえ、別に……」 消え入るような声で彩が答えると、紗夜が椅子から立ち上がり、未だに入ってすぐのところで突っ立っている彩の前まで近づいてきた。「顔が赤いわ、熱でもあるのかしら」 と言って手を彩のおでこに当てる。 彩はそれに驚き、少し後ずさった。 紗夜の手はひんやりとしていて、大きくて。「あら、嫌でしたか?」「いや、その……」「何かあったのならば相談に乗りますよ」 彩は紗夜の態度が気に入らなかった。あんなことをしておいて何も無かったかのように接する紗夜が。「ばか……」「またそれですか」「だって……ほんとだし……」「私がなにかしましたか?」「ばかばかっ……! せんせいのばか!」「!? 理由を言ってもらわないと私も分からないわ。宿題のことかしら? そうじゃなければ今日の授業のこと? それとも……」「ちがうっ! 分かってるくせに!! 先生のいじわる!!」 彩の様子に、紗夜は少し驚いた様子を見せる。 そして、諦めたかのように、ふっとため息をついて彩の頭に優しく手を置いた。「ごめんなさいね。少しからかいが過ぎたわ」 彩は下を向いたまま何も言わない。 見かねた紗夜は手を彩の頭の後ろに回してそっと抱き寄せる。 ぐすん、という彩の嗚咽が紗夜の胸元から聞こえてくる。 しばらくの間、二人はそのまま抱き合っていた。 二分ほど経っただろうか、彩が「もう大丈夫」と言って自分で紗夜を押して離れた。 少し拒絶されたように感じたのか、紗夜は心做しか彩に申し訳なさを感じてしまった。 そして、床に置いていた鞄に手をかけて、帰ろうと逃げるように背を向けた彩の肩を、紗夜はがっしりと掴んで無理矢理振り向かせた。 彩が振り向いた先には真剣な眼差しの紗夜がいる。 「せんせ……?」「嫌な思いをさせてごめんなさいね。もうあなたにそんな思いはさせないわ」 そう言って紗夜は彩の唇に自らのをしっかりと重ねた。この前の時よりも長い時間。 離れると、息苦しそうな彩が顔を紅潮させている。 紗夜がまた彩の頭に右手を置こうとした時、下を向いたままの彩が紗夜の白衣の袖をつまんだ。「ねぇ……せんせ……? まださみしい……もっと、して……?」 そんな彩を見て、紗夜は胸がぎゅっと締め付けられるような心地がした。「ええ、もちろん」 そう言って紗夜は再び彩の唇にキスを落とした。 すると今度は、彩の口の中に紗夜の舌が入ってきた。舌も絡めあってさっきよりもずっとずっと深いキス。 彩はここまで想定してなかったのか、目を丸くしている。「ぷはっ……はぁ……せんせ……くるし……んっ!?」 少し離れてはまた絡み合って。紗夜は彩に休む隙を与えずキスを繰り返す。 もう寂しい思いはさせない。 その思いからか紗夜は止まらない。 しかし、彩も満更ではなさそうだった。 夕日が差す廊下から僅かながら光が入り込む薄暗い部屋には絡み合う二人の影があった。