クライアも同じことを感じたのか、俺にならうようにみずからの心装を出している。 幸いというべきか、ヒュドラが進んだ方向は軒並み木がなぎ倒されているので見失うおそれはない。 俺は周囲を警戒しつつ先へと進む。 見れば、ヒュドラによってへし折られた木の割れ目から、早くも枝らしきものが伸び始めている。自然の植物ではありえない成長速度だ。 冷静に考えてみると、ヒュドラは最深部で誕生してイシュカに向かったわけだから、このあたりの植物も一度は毒液の海に沈んだはずである。仮にヒュドラの進路から外れていたとしても、あの幻想種が生み出していた竜巻に巻き込まれ、地面の土ごと空高く吹き飛ばされたはずだ。 にもかかわらず、周囲にはその痕跡が見当たらない。歩く隙間もないほどに植物がみっしりと繁茂はんもしている様は、まるで緑の要塞である。これらの植物はありあまる生命力でヒュドラの毒を飲み干し、ほんの数日でいつもの姿を取り戻したわけだ。 前述したとおり、深域にはいまだに毒海が残っていた。だから、これは最深部のみの特徴である。この先に『何か』があるのは確実だった。 と、そこまで考えたとき、不意に視界がぐらりと揺れた。 慌てて足をふみしめ、小さくかぶりを振る。酩酊めいてい感とでもいおうか、奇妙に身体がふわふわして足元が定まらない。浴びるように酒を飲めば、今の俺と同じ感覚があじわえるだろう。 ついでにいえば、さきほどから胸焼けにも似た鈍痛がみぞおちのあたりに生じている。 それらの異常がマナによって引き起こされたことは明白だった。 本来、マナは身体を損なうものではなく、それどころか心身を活性化させる働きをする。魔術師ならずともマナの恩恵を受けることはできるのだ。 しかし、良薬も飲み過ぎれば毒となるように、過剰なマナの摂取は必要以上に身体の働きを活発にしてしまう。それが心身の異常となってあらわれているのだろう。 毒であれば勁けいで防ぐこともできるが、マナの場合は身体が勝手に取り込んでしまうので、勁けいを用いても防げない。むしろ、勁まりょくを使用することで身体がより多量の魔力を欲してしまい、ますますマナの吸収速度があがってしまう悪循環。ある意味、ヒュドラの毒よりも厄介だった。 この地に長居すると冗談抜きで命にかかわる。知らず、ヒュドラを追う速度があがっていた。 それからどれくらい進んだだろう。 クライアは先ほどからずっと口元に手をあて、ひっきりなしにえずいている。俺自身も眩暈めまいと吐き気に苛まれ、気を抜くとその場に倒れこんでしまいそうだった。 正直、魔獣の襲撃がなくて助かった。おそらくヒュドラを恐れてのことだろうから、この点に関してはあの竜種に感謝している。 『それ』が視界に飛び込んできたのは、そのときだった。 ――地面にぽっかりと穴があいている。